こばやしの店長が語る江戸っ子

一年中、祭りをやってるような町 -- それが浅草

小林さん語る生 まれも育ちも浅草なんで、子供の頃はここの観音さんの裏や公園で遊んでたよ。この辺は小さなのも含めりゃ公園が多いところだからオレの子供もやっぱり公園 で元気に遊んでるナ。浅草ってところは一年中、祭りをやってるような町で、祭り好きで元気な人間は多いね、やっぱり。こうした祭りを仕切るのが浅草の町内 青年部で、オレも「六ヵ町青年部」に入っているよ。
金龍の舞の様子六ヵ 町ってのは浅草寺の四方を通ってる幹線道路(言問通り、馬道通り、雷門通り、国際通り)に囲まれたところだけど、まぁ浅草の中心にあたるところだな。30 人以上はその青年部に入っているけど、毎月何か必ず町のための活動をしているよ。みんな息を合わせてね。サボる奴は祭りのとき、神輿かつがせねぇぞ!って 言われるから、みんな忙しいけど、何かあればちゃんと集まるよ。

江戸っ子は短気だ。でも人が好くて面倒見がいいね

さらに語る小林さんオレのおふくろの実家は「トビ(とび職)」だから、威勢がいいね、みんな。
江戸っ子とは?って言われてもねぇ・・・そうだなぁ、まず短気だね。だけど人が好くて・・・面倒見がいい人が多いな。このあたりにはそう言う人は多いんじゃないかな。

親父の実家は、仲見世で揚げまんじゅうを売ってるよ(九重(ここのえ)→MAP(4E)) 。揚げまんじゅうのはじまり?これは例えばサ、葬式まんじゅうがあるとするだろ。これが何日か経つとパサパサになって食べられない・・・そこでこれを油で揚げて温かく、柔らかくして食べたってのがはじまりじゃないの?
東北の方でも食べられてるそうだよ。たまたま東京でこいつが有名になっただけで、別にこの辺の名物というわけじゃないよ。

もんじゃには親しみがある・・・子供の頃から食べていた

渋い小林さんこの店も開店して5年(2003年現在)になるけど、以前オレは茅場町や銀座のレストランでコックをやっていた。今はそのレストランもなくなっちゃったけどな。
もんじゃ屋をはじめたのは子供の頃から揚げまんじゅうより、もんじゃの方をよく食べてたから。親しみがあるんだよ。もんじゃに。

浅草でもんじゃ屋が増えてきたのも、親しみがある食べ物だからじゃないの。
オレの子供の頃は「もんじゃ屋」なんてものはなかった。駄菓子屋でもんじゃを食べさせてくれたんだよ。店の名前は忘れたけど、今でも浅草に1軒だけ、駄菓子屋があるよ。


小粋ちゃん写真:こばやし店舗入り口今回の江戸っ子
今回私たちのお忙しいところインタビューを受けて下さったのは、もんじゃ・お好み焼の「こばやし」の店主小林さんです。